サラリーマンのコツコツ投資(livekabu7)

コツコツと定期預金以外の積立をがんばってます。株式・投資信託・外貨などの投資の記録や財テク、日記を書いていきます。 主なスタイルは、株主優待大好き、バリュー投資、逆張り、長期投資、積立投信、インデックス投信、NISA活用、分散投資。 逆に、信用取引、空売り、FX(高レバレッジ)、短期売買、スイングトレード、高速売買はほとんどやりません。

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時事ネタ・ニュース

太陽光発電はエコか投資か。

 ※私自身、技術的にも経済的にも、太陽光発電にとってはまったくのシロートです。
あくまで消費者として得た情報による判断によって記事を書いています。

 最近、よくショッピングセンターで、太陽光発電の勧誘を受けるようになりました。

 個人的には、10年単位、20年単位で設置1代金の元が取れて、それ以降が収入となるのなら、
導入してもやぶさかではないと思っていました。

 正直、近年(震災前ですが)のエコブームに乗って、太陽光パネルを生産している企業の株を購入しようかな、
と思った時期もあります。

 しかし、最近の動きを見て、どうも「応援したい」と素直に思えないようなことが多々あり、
太陽光発電の導入も含めて躊躇しています。


 まず、太陽光発電のビジネスモデルです。
 太陽光発電の設置に対する行政からの補助金は、まぁ政策としていいでしょう。

 問題は、42円という固定額買い取り制です。
 太陽光発電による電力が、安定供給するに足る、「良質の電気」である場合、価値は大きいと思います。
 しかるに、24時間、安定して動いている火力発電(や原子力発電も含めますが)
に比べて、とても高品質の電気とはとうてい言えないのではないかと。
 例えば、「今日は雨だから皆さんテレビを消しましょう」みたいな生活は甘受できますか?

 にもかかわらず、補助金や高額で電気を買い取る理由というのは、「エコだから」以外に無いのではないかと邪推してしまうのです。


 この伝家の宝刀「エコ」は、ほんとうに「エコ」なのか?
というのが疑問点その1。

 太陽光パネルを作るのも、設置するのも、電気がいるわけですよ。
太陽光パネルの素材もいりますよね。
 それらの生産から廃棄までを考えて、本当にエコなのか、環境にやさしいのか、
という検証がなされているのか、まったく自分にはわかりません。
 巨大な鏡で太陽光を集めてステーキを焼く、とかいうのならまだわかりますよ。感覚として。

疑問点その2。利用者はほんとうにペイできるのか。
 「買い取り価格」が何十年か保障されている、といいますが、この保障じたいが変わる可能性はないですか?
 まぁぶっちゃけて言うと、政府を信用していないということなのですが。
 太陽光パネルを設置している家庭だけ徳をする、というのは、特定分野へのばらまきですよね。
 言ってみれば、建築業界や農業への補助金と同じです。
 それが良いか悪いかは置いておいて、不公平感は感じませんかね?
 これも、「エコだから」の一点で不問とされているのでしょうか。
 あとは、耐用年数とか発電効率の問題です。



疑問点その3。 固定買い取り制の弊害。
 「固定買取価格があるからこそ成り立つ損益」というのは、さまざまなゆがみを呼びます。

 まず一点。考えてみて下さい。
 普通の家庭が、仮に200万円かけて設置して、数十年で平均、毎年5%の利益を得たと仮定します。
 これは普通預金より遙かに高い「投資先」ですよね。
 では、企業が2000万円かけて設置して5%の儲けはいくら? 10億円の5%は?
 つまり、「できるだけお金を投資すれば、確実にリターンが得られる事業」
が成り立つとしたら、こんなノーリスクハイリターンなビジネスは無いですよね。
言ってみれば利殖か、不動産投資みたいなものです。
なんなら銀行が太陽光発電事業をやりかねない勢いですよね。
かなりイビツな仕組み、システムが日本の経済発展に寄与するのでしょうか?


 二点目。太陽光で発電された電気は、電力会社が買い取らないといけないんですよね。強制的に。
 で、この買い取った電力、改めて家庭に送電するわけですよね。
 インプットが気候だの何だのに左右されて秒単位で変わる不安定な電力って、どうなんでしょう。
 あとよく指摘されていることですが、このアホみたいに高い買い取り価格のしわよせは、電力会社が売る電気代に上乗せされるんですよね。
 電気代の値上げも、エコのためにと思って我慢していたら、実は上に書いたように太陽光発電ビジネスで稼いでいる人のためのお金でした、っていうのは納得できるもんなんですかね?
 そもそも賃貸に住んでる人って、太陽光発電の選択肢が無いですよね。電気代は上がるのに。


 第三点。日本産の太陽光パネルって大丈夫?
 品質はともかく、海外製のパネルの値段の方がめちゃくちゃ安かったりしませんか?
(ソースが無いので間違ってたらすんません)
 もしそうなら、太陽光発電で内需拡大して経済回復、というシナリオが望めないことになります。
海外メーカーにじゃぶじゃぶ税金をつっこむ形になりはしないでしょうか?



 と、ここまで書くと、経済性を盾にした脅迫、と受け取られるかもしれませんが、そんな意図はありません。
 考慮、熟慮の末に国民がした選択ならば、それで良いと思うのです。
 今までの原発依存が間違い、という軌道修正がこの時期であったと、後々語られることになるかもしれませんので。

 でも、例えば国内の電力100%を太陽光発電でまかなえるなんて、誰も考えていないんでしょう?
 そうしたら、その妥協点はいったいどこなんでしょうか。
 原発はいやだけど、火力発電はOK、ということなら、エコでも何でもない気がします。

 でもオイルショックとか大丈夫ですか? 覚悟できてますか?

---------------------------------------------
閑話休題。
あとまったく関係ない私の感覚なのですが。
こどものころ、いろんな施設で実験的に置かれていた太陽光パネルの「○ワット発電中」
という表示に心が躍った記憶があります。
あと、簡単なおもちゃでプロペラを回すぐらいの発電は体験できたりして。
もうすこし発電効率が上がり、宇宙空間での発電まで実現できるようになったら、
とんでもない発電施設ができそうで、それを私は期待しています。

それから、原子力発電について。
核分裂で創りだした膨大なエネルギーで、湯を沸かして、その蒸気でタービンを湧かして発電、
って仕組みがなんとなくアホっぽくないですか。力業というか。風車といっしょじゃん。みたいな。
なんかこう、もっとSFチックなのがいいなぁ。





ポジショントークについて

本来の「ポジショントーク」という言葉は、
株などの相場の関係者が使うらしいのですが、
ここでは拡大解釈するとして。

大の大人で、なんらかの組織に属している人が、
その組織名の肩書を持ってなにかを発言する時、
その言葉のほとんどは「ポジショントーク」だと思っていい。

と、自分は思っています。

例えば、「公共事業」というと、あまり良いイメージを持ってない人が多いかもしれませんが、
地方に行って「最近景気はどうですか」という話になると、
「あんまり景気よくないなあ」という会話の次に、
「市(県)からの受注が減っているからねぇ」
という言葉が続く事が多々あります。

そういう経済の構造が良いかどうかはともかくとして、
立場によって人は主義主張が変わる、ということを、
頭の片隅に置いておいたほうがいいかもしれません。

昨今のニュースでいうと、沖縄の米軍基地の問題とか、
原発の再稼働の議論。
またどこの政党を支持するか、といったものから、
果てはどの球団が好きかといったことまで。

純粋な趣味嗜好とは別に、ポジショントーク的なものは必ず背景にあるものです。


また、「昨今のニュース」を流すマスコミも、
各社それぞれ明確なスタンスやポジションがあり、
大々的にポジショントークがが行われているものです。

一説には、報道機関は実際に入手した情報のうち、
実際に記事や番組として発信するものは30%に満たないとか。

つまり、この30%をどの情報を集めるかで、
嘘や不正を行わなくても、自分のポジションに合致する
情報を発信することが可能なわけです。


厄介なのは、行政機関や研究者にも「ポジショントーク」を
しのばせる人が多いことです。

陰謀論になるので具体的に断定はしませんが、
嘘にならないギリギリのラインで、統計や実験結果を
扱うことも厭わない人がいるわけです。

最近は「御用学者」という言葉がよく聞かれましたが、
政府が「専門家」を集めて意見を聞く時も、
どのような人を集めるかによって、議論の結果は180度変わってしまうことも稀ではないと思うわけです。






生活保護のニュースの件。


3つほど疑問点が。

1)不正を行った人より制度を設計した人のほうが悪い。

これって、「もらえるもんはもらっとこう」というだけのことですよね。

じゃあ「不正を行った場合の罰則」まで含めて、制度設計が甘いのでは?

というか、「親は養う義務があるけど、絶縁してたり仲が悪い場合はいい」
みたいな、恣意的に判断できる基準で今まで運営してきたことがおかしいのでは??

あと、不正を見つけ出そうとすればするほど、かかる事務的なコストが膨大になるんだけど、そこはどうなのかな。
たった1人の不正を袋叩きにするだけでは、スッキリするかもしれないけど 生活保護という制度自体の改革につながるのか疑問。


まぁ 完全に平等公平なのはベーシックインカムしかないな、という結論になりそうですが。


2)親子で助けあわないといけないルールって必要?

たとえば妻と自分、それぞれの両親が離婚。4人とも生活保護をうけている、
というような場合、だれからいくら払うべきか、そんなの判断できないでしょ。
じゃあ、できるかぎりがんばれ ってことでしょうか。
やっぱりそういうルール設計がおかしいと思うんだけど。
もちろん「道徳的に、家族が助け合うのは正しい」ことは百も承知なんだけど。


3)インターネットってそういう使い方でいいの?

みんなお互い藪の中に隠れて身をひそめて、
うっかり目立つ場所に出てきた人を物陰から一斉射撃、
みたいな文化をこれからも育てていくのか?

それって結局、表向き道徳的で正論の主張とか行動しか許さない、
っていう監視社会が生まれるのでは。

おもしろがって炎上させてる人ってそういう意識はあるのかな。








オリンピックについていろいろ。

十数年前に大学でオリンピックについて学んだ時から、
「オリンピックは金の卵を産むニワトリである」
という言葉がでてきたわけで。
これを軸に綴ってみたいと思います。

----------

「無気力試合」っていう表現はどうなのかな、と思うのですが。
各試合によって調整というか波があるかもしれないし、
全力で戦ってケガとか疲れを残したら残念じゃないの。
「負けたほうが格下の相手と戦えてラク」だと評価されりするのも、
勝負の世界だからしかたがないような気がするんだけどね。
ルールの中で、いやルールを利用して最善最短の方法で勝利を目標とすること自体、
悪くないと思うんだけどなぁ。
もちろん「フェアプレーじゃないと審判が判断したらペナルティーがありますよ」
って部分までルール化されてるのなら、それも含めてだけど。

何のスポーツか忘れたけど、例えば「警告○回で退場」というルールがあるじゃない。
これを「○回まで行かなければ、警告を受けるほどラフプレイをするのも戦略のうち」
として当然の認識があるスポーツもあるでしょ。

なので、スポーツというゲームである以上、ルール内の行動は非難されるべきではない
と思うんだけど。
ただ、プロスポーツはダメよ。プロスポーツは1試合づつ観客を楽しませる義務があるから。
オリンピックは順位を決める世界大会だから。


で、ルール。ルールなんですよ。要は。
ルールを決める、あるいは改訂する段階から、戦いは始まっているのですよ。
例えば、「あるスポーツの国際連盟のトップ(理事?)」に何人、
自国の人間を送り込めるかによって、有利にも不利にも働くわけです。
まぁ、日本で言うと、身長が低かったりしますわね。傾向として。
 そういうので有利不利に大きく影響してくるんですね。スキーの板の長さがどうとか。


で、国です。国。
オリンピックは国と国の威信を賭けた戦いであるし、国威発揚とかいろんな目標があって国が全力でとりくむわけです。
日本ではそういう感覚が希薄かもしれないけど、言ってみれば国を代表した代理戦争の面がある。
そして、文化やスポーツの振興に力を入れている国というのは、たいへんすばらしい国である、という国際的なステータスでもあるわけです。(たぶん)
力を入れている、というのは、ぶっちゃけまぁ、金ですね。


で、金(カネ)です。金。
選手が強くなるには、まぁおおざっぱに言って、練習環境と、練習時間が必要ですわね。
ということは、アマチュアリズムと言いながら、普通に働きながら休日に練習しているようでは、まったく世界レベルで勝てないわけです。
(そういう意味で、日本女子サッカーガンバレ)
ということは、選手そのものの生活が保障されるレベルの収入と、練習に必要な環境(コーチとか場所とか設備とか)を揃えるお金をひっぱってこないといけないんです。

で、お金をひっぱってくるにはどうするか。
その国の中で、相対的に他のスポーツよりメジャーになるしかない。
メジャーになるには、勝つしかない。

そう、勝つしかないんです。だから勝ちにこだわるんです。


しかし、重要なポイントが1つあります。
それは、オリンピックというブランドのイメージです。
オリンピズムってやつでしょうか。
選手は努力し、汗を流して、練習して、すばらしい技術を見せて、感動を生む。
このイメージを借りることができるからこそ、スポンサーもつくわけです。

ですから、このブランドイメージをマネジメントすることが、IOCだかJOCの至上命題と言っていいでしょう。
つまり選手個人が、資金調達などのために腐心する、
というイメージがついては困るのです。
なにもこれは否定的な意味ではなく、選手が競技に打ち込むために考え出された仕組みなんではないでしょうか。

で、最初の話に戻ります。
「なりふり構わず勝つことだけにこだわる姿」というのはIOCのブランディングにとってマイナスイメージになりますね。
あくまで選手には、スポーツマンシップを見せてもらいたい。
でも選手にとっては、国のため、競技のため、自分のためには、結果を残すことが全て。
こういったズレが出たのが、今回の「無気力試合」問題だったんじゃないかなぁと思ったりするわけです。

----------

 次。義足の選手について。
 この問題も何十年も前から予測はされていまして。
 例えば「入れ歯があったらサイボーグなのか?」「目の手術で照準つけたら射撃とか有利では?」とか、空想は膨らむもんです。
 で、「入れ歯で問題になんかなるわけないだろう」と思われるかもしれませんが、
縫合というのはとんでもなく運動能力に影響します。
 スポーツ専門の歯科医もいますし、自前の歯より義歯にほうが調子がいいなら、
という話も現実にあるかもしれません。
 つまり、線引きが曖昧になってくるんです。
 特に、今回は「走る競技」で「義足」という、競技に大きく関わる部分で利用されたので、
今後はほんとうに線引きができないようになってくるかもしれません。

 で、スポーツってそもそも、ルールの中で技量や力を比べるものじゃないですか。
 例えば、いくら速く走っても、当然自動車には追いつけないわけで、
「できるだけ早くどこかへ到達する」という目標ではないわけです。
その枠の作り方によって、競技内容も参加者も変わってしまうという。

 なので、前の話と関係しますが、オリンピックという場の権威があまりにも
高くなりすぎると、ルールを変えたり、審判が誰になるか、場所はどこにするか、
ということが、ものすごい政治問題化、経済問題化するのが怖いですねぇ。
既にそうなってますが。

 柔道が顕著のようで。




電網世界の情報戦略。

こういうことが最近あったようです。
http://webron.jp/it/3599
ネタバレ込みで、列挙しますと、

・「飲酒しない人お断り」の居酒屋で、夫婦(奥さんは妊婦)で入店。
・ソフトドリンクを頼んだところ、店を追い出された。
・店の公式ブログで、店の関係者がそのことを誇らしげに記載
・妊婦がブログで店を糾弾
・絶賛炎上中

という流れのようでした。

私は単に「そこまで徹底して酒飲みのためのお店としてやっていけるのは、すごいなぁ」
ということで、特に怒りとかは感じなかったんですが。

そこで先ほど紹介した記事です。

見事に、ネット上で情報戦というか、空中戦をくり広げています。
私も記事を書かれた方の感覚に似たものを持っています。

店側はブログの文面(態度)を謝罪した。
客側は二度とその店には行かない。

それで終わりのはずです。

双方に縁もゆかりもないネットの住民が騒ぎ立てるほどのことでしょうか?

妊婦さんも、もっと他に怒るところとか不便に思うことがあると思うんですけどね、日常生活していると。

この店にクレームをつけて炎上させるためにブログを開設するというのが、今風だなぁと思いました。





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